2015.09.06 Sunday

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2015.09.06 Sunday

強度行動障害のある人へのグループホーム生活支援

福岡市にある「かーむ」という障がい者行動支援センターを見学させていただきました。「かーむ」は強度行動障害のある方のグループホーム生活の支援のために今年度開設されました。


24時間の見守りで3ヶ月という決められた期間の中で行動障害の改善をはかり、グループホームでの生活スキルを学習し、最終的には地域のグループホーム生活に移行し、適応できることを目指します。


福岡市の強度行動障害研究会によって、専門的な支援が得られるというメリットがありますが、移行先の確保や協力体制の構築が目下の課題ということでした。今後の事業の発展が期待されます。

井上雅彦 | - | 17:45 | comments(0) | trackbacks(0)

2015.01.19 Monday

「出生前診断とダウン症」から意志決定を考える

医学科の学部生の心理学の講義で上記のタイトルをとりあげました。 


新型出生前診断については我が国でも2013年4月の開始から注目されており、国内37医療機関の実績の中で、2013-2014年4月までの1年間に7740人が利用し、「陽性」と判定された142人の妊婦のうち、羊水検査などで異常が確定した113人の97%にあたる110人が人工妊娠中絶をしていたことが話題になりました(例えば日本経済新聞)。


 講義では、妊婦自身が出生前に胎児の染色体異常のハイリスクを知り、その後の選択に繋がるプロセスについて、様々な立場や考え方、そしていくつかの海外の研究を紹介しました。


 「心理学の講義」としては、「自己決定」とされている行為が、言葉のニュアンス通り「主体的に選択する」という行為なのだろうか、という問いかけを学生たちにしてみました。


 私の専門である行動分析学という学問においては、「選択行動」というものは与えられた選択肢の条件と不随する情報、そして選択行動後の結果によって制御される行動ですが、今回の話題のように一度も行ったことのない「最初の選択」というものは、選択の前の先行条件である「情報提供」というものに強く依存するのです。 


つまり医師がどのような情報を与えるのか、妊婦以外の周囲の人々の意見や態度というものも、妊婦が置かれた立場や経済的要因と同様に「選択行動」の「先行条件」となるわけです。


 最近の研究結果によると、ダウン症に対して医師がネガティブな情報を与えているというものもありますし、医師ではなく「遺伝カウンセラー」にまかせてはどうだという風潮もあります。


 しかし遺伝カウンセラーの数は絶対的に不足していますし、その養成課程の中にダウン症の本人や家族に対して、直接接して理解を深める科目は含まれているのか、という疑問もあります。


 最後にダウン症協会が出している動画を学生さんに見てもらいました。 私自身すごく感動しましたものです。ぜひ多くの人たちに見てもらいたいものです。


もう一つこういう動画も見てもらいました。とあるタレントさんが自分の子どもがダウン症であることを告白した、ということをTVがとりあげたものです。番組の中身自体は家族の絆が描かれ、両親の言葉や思いも最後まで見た人にはしっかり伝わってくるものです。


しかし疑問に思うのは最初の「前振りの部分」です。ダウン症という存在に対して、必要以上にネガティブな印象を与える演出が音楽や字幕、語り口調、などで露骨になされていると感じます。


たぶんこれは母であるタレントさんの意図ではないでしょう。


この前振り部分は「視聴者のあこがれの存在であるタレントに降りかかった不幸」というネタを演出することで視聴率をねらうというメディア側の意図ではないかと考えるのは邪推でしょうか。

せっかくのしっかりした番組作りが、この前振りによって台無しになってしまっているように思えるのです。

たかが「前振り」ですが、我が国の多くの一般の人々は、先のダウン症協会の動画とこのTV映像のどちらの情報に触れやすいのでしょうか?


そして見た人は何を思うのでしょうか?










井上雅彦 | - | 23:47 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.12.30 Tuesday

強度行動障害施策の方向性

障害福祉サービス等報酬改定検討チーム第14回「障害福祉サービス等報酬改定検討チーム」資料において「強度行動障害を有する者に対する適切な対応」の加算要件の方針として以下の二つが示されています。


「施設サービス等において、従前、サービスを提供していた行動援護の従業者が、重度訪問介護の従業者に同行して利用者の居宅を訪問し、必要な指導・助言を行った場合等に加算により評価を行う」


「強度行動障害支援者養成研修を受講した職員の配置を要件として加算により評価を行う」

いずれもサービスの質を担保するためには必要なことだと思います。


井上雅彦 | - | 01:28 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.12.05 Friday

最近臨床やってて思うこと

「こういう時はこうするもんだ」という原則を一般化していく研究的な作業も必要だけど、それに囚われすぎると臨床は窮屈な感じになったり、傲慢な感じになる。


ボクとしての理想は、対象者が幸福感を感じる行動、それが自発するような環境設定を一緒に考えながら発見していくこと。


現在の行動と環境をアセスメントし随伴性を仮説する。対象者に説明し、提案し、一緒に考え、最終的な独立変数を選択してもらう。その変数をやってみたり、やめたり、変えたりしてもらう行動実験を伴走しながら繰り返す作業。



最近、もうすぐ修了する学生さんたちに伝えたいこともあり、私自身の臨床での疑問点や悩ましい点を彼らに相談しながら進めています。


ケースカンファにて何時間も議論する機会がありますが、言語化することで自分の臨床行動をモニタリングでき、学生さん以上に自分が一番学んでいるのかもしれないと思うこのごろです。







井上雅彦 | - | 01:49 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.11.20 Thursday

特別支援教育の「要となる」行動とは

特別支援だけでなく、すべての学齢期の子どもたちが学校で必要なスキルとして先生とのコミュニケーションスキルがあると思いますが、あまり注目されていません。


その中でも重要だと思うのは「支援要請に関するコミュニケーションスキル」です。


「しんどい時、困った時、わからない時に聞く」ということです。


高校、大学と上がっていくと教師が気づいて支援するというやり方には限界があります。したがって合理的配慮とよばれるものが必要とされてくるわけです。


また支援要請のコミュニケーション行動は、「言葉の能力がある」というだけでは自発できないのです。


それには早くから、この行動を引き出し、その結果として問題が解決され、行動が強化されていく必要があるのです。



現在の特別支援教育では、ユニバーサル教育環境から通常学級での「さりげない支援」や通級指導などでの「特別に提供される支援」が最初の段階にあります。


その後は、特別支援学級での「より濃密な特別支援」もしくは通常の教育の中での「自分でできること」が求められているように思います。


自ら問題解決するだけでなく、支援を要請したり、表明することを学ぶことは合理的配慮へ向けての、そして社会に出てからの自己権利擁護の実現へ向けての重要な学びであると思うのです。


これを阻むものは子どもたちと先生たちのコミュニケーションに対するあきらめです。


子どもたちから「相談しても仕方がない」「対応してくれない」と思われないために


子どもたちだけでなく教師もこれらの言葉を最大限に歓迎するということをもっと重要な行動目標にしていくことが必要だと思います

井上雅彦 | - | 10:17 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.11.09 Sunday

インクルーシブ教育行動を自発するための環境要因とスモールステップ

2014年 日本教育心理学会シンポジウム「特別支援教育の展望:インクルーシブ教育の目指すべきもの ―ユニバーサルデザインと専門性―」で話題提供を行いました。文部科学省は共生社会の実現へ向けたインクルーシブ教育システムの実現のための特別支援教育の推進という報告を平成24年度にまとめていますが、これをどのように捉え、様々な障害においてどのように実現するかという観点からそれぞれの専門領域から提言する(鳥居深雪先生)というのが今回のシンポの企画主旨です。

私なりの感想を以下に書いてみます。

海津亜希子先生はResponse to Intervention/Instruction (RTI)を基にした,通常の学級における多層指導モデル(Multilayer Instruction Model:MIM 〔ミム〕)の開発者であり、読み能力についてのシステムと効果を紹介されました。

鳥越隆士先生は聴覚障害のある児童生徒のためのCo‐enrollmentプログラム(チームティーチング(通常学級担任と聴覚障害児教育専門の教員)により、手話と音声言語バイリンガル環境で聴児と聴覚障害児が同じ教室で学ぶ)を紹介されました。

佐藤克敏先生からは授業の中にユニバーサルデザインをどのように入れ込むのかという点で、指導案や授業作りの観点から紹介していただきました。

私はASDの特性やニーズは「読み障害」や「聴力障害」のように数値化しにくく、かつ不可視的なもので有り、個人差もあるという点でのアセスメントの困難性があることを指摘した上で、視覚化や感覚過敏性、ASDに合併しがちな書字障害に対する支援、文脈の読めなさに対してはルールの視覚的明確化、相談できる人の存在を合理的配慮として提示しました。

これらはASDの支援者であればだれもが考えることでしょう。

しかしなぜ広がらないのか?

これらを実現していくためには、教師のインクルーシブ教育を実現する行動を自発させ、強化する環境を学校の中にデザインすることが必要だと思います。そしてまず「なぜ自分たちの学校で広まらないのか」、その要因をアセスメントすることではないかと思います。

力業としては、インクルーシブ教育の実現を法的に義務化すること、ASD支援をMIMの様に教材化しパッケージ化すること、Co‐enrollmentプログラムのようにASDの専門家を通常クラスに入れること(スクールシャドー?)などでしょうか。

ASDへの支援をMIMのようにできるかは今後可能性を模索してみたいと思いますが、Co‐enrollmentプログラムのような形は予算的人材的に難しいようにも思います(あきらめてはいけないのですが)。

私は、まず「理想のインクルーシブ教育」を最初から目標にするのではなく、まず誰でもできるようにスモールステップで実現していくことが重要であると考えます。

例えば、教室内の物理的な環境設定からはじめる、教授行動の自己モニタリングの推進、クラスメイトへの働きかけ、保護者への働きかけ、各教科ごとのガイドライン作成と進んで、最終的に学校全体での取り組みに発展させるというものです。

今のままの教育システムの中でインクルーシブ教育を教師の努力義務にしていってよいのだろうか。教師が5時に帰れる学校環境、大学での養成課程の見直し、免許がないと教えてはいけない補助教員システムなどなど、教師の教育行動を制御する教育行政という環境要因を同時に見直していかないと、いつもの「専門性の向上」や「意識改革」という具体性のない話になってしまうことを危惧します。

インクルーシブ教育を考える場合、それができない教員を「できないという個人因子」のせい、にしてはいけないと思うのです。

インクルーシブ研究は、教師がインクルーシブな教育行動を自発するための弁別刺激であり強化刺激でないといけないと感じた次第です。

シンポに声をかけていただいた鳥居先生、河崎先生をはじめ神戸大学の準備委員会の先生方に感謝申し上げます。



井上雅彦 | - | 20:02 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.11.04 Tuesday

「それは◯◯療法でしょうか?」

今年の日本認知・行動療法学会に参加して

認知・行動療法学会になってから、ケーススタディーはとても充実してきたように感じました。


しかしながら一方ではディスカッションの中で、「それは◯◯療法でしょうか?」というコミュニケーション行動が増加しているように思われました。


これはこの学会に多様な療法や技法にアイデンティティーをもっている人が入っているからだと思うのですが、


私的には「◯◯療法」というのはあくまで仮説構成概念であって、その人の臨床的操作が、特定概念の「教義」に当てはまるかどうかを議論するだけでなく、


その操作が対象者の行動にどう影響を及ぼしたかをデータをもとに因果関係を議論できるところまでいかないと、教義対教義の不毛な議論や、RCTや脳活動に重点をおいた医学系の学会と同じような議論になってしまうのではと感じます。


純粋に対象者の行動と臨床行動の因果関係をとりあげ、科学的にディスカッションできる場は意外に少なくなってきているように思いました。

井上雅彦 | - | 13:04 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.11.03 Monday

CBTがRCT研究から得たものと失いつつあるもの

シンポでの話題提供要旨です。

RCTはCBTの普及に重要だが、そのために必要な「手続きのパッケージ化」や「尺度上の得点での行動改善測定」などによって、第一世代の行動療法が重要視してきた環境との行動の相互交渉の分析や日常行動の変容、一事例の研究計画などの意義が損なわれてきているのではないかということを危惧する。

これらは行動療法のみが持ち得た行動の科学としての分析手法であったはずである。

現に自閉症の心理社会的アプローチのRCTにおいても効果的とされるパッケージ技法はお互いの要素が似通ったものになりつつある。

また、測定方法や統計手続きやその基準などのレギュレーションを変更しながらのパッケージ対パッケージのRCT効果論争には真に対象者に最適な支援を届けるというエビデンスの本来の考え方から逸脱し、自分の名付けた療法を広げることや、学会会員の増加、資金獲得などが目的化しているように感じることさえある。

認知も含めた「行動」を単位とした環境という制御変数の厳密な分析に基づいた臨床と研究、そのための一事例研究法の活用を図っていきながら、RCTともうまく付き合う必要があるのではないか。

行動療法学会は昔、発表すると先生方からの鋭い質問や突っ込みが多い学会でした。話題提供としては遠慮なく思ったことを言わせていただいたのですが、フロアが全体的におとなしめなのが気になったのは私だけでしょうか。


井上雅彦 | - | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.10.15 Wednesday

絵本「つながろ! にがてをかえる?まほうのくふう」監修しました

 

「にがてなことでこまっている子どもたちへのてがみ」が掲載されている絵本「つながろ! にがてをかえる?まほうのくふう」しまだようこ著 井上雅彦監修 今井出版が出版されました。しまださんの絵は暖かくてとてもすてきです。絵本のプロデュースは初めてですが、「発達障害への理解」でだけでおわらず「自分のことも見つめ直せる本」としても読んでもらえればと思います。

井上雅彦 | - | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0)

2014.09.06 Saturday

にがてなことでこまっている子どもたちへのてがみ

みなさんにはひとり一人、とくいなことやにがてなことがあるでしょう。にがてなことは、「しっぱいしそうだし」、「しかられそうだし」、「みんなからわらわれそうだし」、考えるだけでもいやなきもちになってしまうかもしれませんね。



そうすると、にがてなことは、ますますやりたくなくなって、はずかしくなって、「じぶんはだめだ」とおちこんでしまうかもしれません。



先生にもそんなにがてなことがたくさんあります。



でも、にがてなことの中には、とてもすてきなところもかくれていますね。



「はやとちり」や「あわてんぼう」、「好きなことをはじめるとやめられない」ということは、「思ったことをすぐにことばやこうどうにできたり」、そして「大好きなことにはすごくしゅうちゅうできたり」ということもできます。

また、「考えたことをそのまま言ってしまう」は、「みたものやかんじたことをすなおにひょうげんできる」ということもできますね。


にがてなことの中には、とってもすごいたからものがかくれているかもしれません。


また、にがてなことは「くふうすること」でがんばりやすくなります。


わすれやすいことをカードや絵にしたり、友だちにいってもらったり、なにかするまえにメモをみておくことで、「にがて」は「だめなこと」ではなくて「がんばれること」にかわるかもしれません。



「にがて」をかえていくのは、先生やみんなの「くふう」です。そんな「くふう」をたくさんかんがえることができると、じぶんだけでなく、だれもがたのしくなりますね。



みなさんも、じぶんのにがてなことにチャレンジできるくふうをかんがえてみてください。そしてクラスやよのなかのにがてなことも。



「けんかをしなくてよくなるくふう」、「ごみをきちんとすてられるくふう」、「いじめがなくなるくふう」、「びょうきでくるしむひとがいなくなるくふう」、「せんそうがなくなるくふう」などいっぱいかんがえてみてください。



すごいくふうがみつかったひとは、ぜひ、いのうえ先生におしえてください。


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井上雅彦 | - | 11:35 | comments(1) | trackbacks(0)