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2013.01.24 Thursday

わかるようで難しい−いわゆる「自己理解」について−

「努力してできることと、努力しても困難なことをわかっていってもらいたい」と,ある親御さんが言われた。これはわかるようで難しい。

その子どもにとっての「自己理解」とは、専門家側の「もっともらしい他者理解」の押し付けであってはならない。

いわゆる「自己理解の支援」として,周囲にとって都合の良い「自己理解」を結果として求めがちになることについてはくれぐれも注意が必要である。わかりやすく言えば専門家はどのように自らを「自己理解」しているのか,ということを同時に問いかけることで謙虚な態度で行うべきである。

ある人について「自己理解がすすんだ」というのは,あくまで他者から見たその人の特性理解と一致したと言うことに過ぎないかもしれない。行動分析学的には,これらを厳密に区別する。

努力しても困難なことに挑戦するということは,ある見方からは「尊いこと」にもなる。障害があるからといって一義的な見方は避けなければならない。失敗する権利を無条件に剥奪してはならない。
我々は、彼らに困難に出会えば諦めることを教えるのではなく,様々な選択肢があることを教え,その選択環境を個人の状態に応じて設定することであると思う。

また臨床的には「自己理解」に関連する言語行動(内言語)は変動するものであるのだが,これを極端にプラスやマイナスに振れないようにコントロールするお手伝いをすることではないかと思う。


井上雅彦 | - | 03:37 | comments(1) | trackbacks(0)

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コメント

そのとおり。本当に井上先生の考え方は素晴らしい

サンパチ | 2013/01/24 8:42 AM

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